2011年12月29日 (木曜日)

善意の差別

こんな言い回しがあるのかどうか、僕は知らないのだけれど、
事実としては、子どもの頃から体験済みです。
当の本人としては、善意の気持ちから来る言動が、
結果として、相手を差別したり仲間はずれにしてしまうことってあると思います。
僕が経験したことのある、典型的なものを書いてみます。

10年くらい前のことですが、最寄り駅の立ち食いそばによく行っていました。
カウンターの中で一人働くおばちゃんに、僕は注文をしてお金も渡すわけです。
お店によっては、その場で会計することもありますが、
僕の行っていたお店では、券売機で買うのが必須だったんです。

おばちゃんが手の空いたときに出てきてくれて、券売機の操作をしてくれるわけです。
他にお客さんがいるときは、僕はおばちゃんを当てにして待っています。
「それくらいは、仕事としてお願いしても良いだろう」と考えたからです。
おばちゃんとのやり取りの仲で、食事が先で会計が後ということもありました。
込み合っているときなどは、さすがに心苦しいこともありました。
それでも、「無理を言わなければ、そのうち手も空くのだから…」と思ってました。

ある日、いつものように店に入ると、満席らしく混雑してました。
そのとき、おばちゃんが僕に対して、少し待っているようにと声をかけてくれたんです。
その話し方が、まるで小さい子どもに言い聞かせるような感じだったので、
一瞬にして、おばちゃんの僕に対する見方が分かったように思いました。
同時に、僕の気持ちはぐっと落ち込みました。
「やっぱり、目が見えないということで、そういう評価だったんだぁ。」
という感じです。
おばちゃんとしては、
「目が見えない人は、哀れで不憫で可哀想だから、
親切に善意の気持ちで施しをするのが良いことなんだよ。」
まあ、例えばこういうことになるでしょうか。

場合によっては、それが正しいことだってあるでしょう。
でも、僕は、それとは違う関係ができていると思っていました。
スーツを着て、白杖を持って、一人で駅を利用している、
そんな、盲人しらとりも、そのおばちゃんからしたら、
可哀想で何も出来ない全盲だったのかもしれません。

そんなことを考えると、とてもまともに挨拶する気にもなりません。
丼が目の前に来ても、おつりを受け取っても、
僕は不機嫌に頷くくらいです。
すると、おばちゃんがもう一言言ってくれました。
「人に何かしてもらったら、ありがとうくらいいうものでしょ」
………!!?
これは、正直いうと、かなりききました。
怒りで頭が真っ白になったくらいです。
今までの態度を反省しようと、一瞬だけ本気で考えました。
その直後、お礼の気持ちは伝えてきたはずだと考え直したのです。
「ありがとう」ではなくて、「どうもすみません」だったかもしれないけど。

僕としては、こういうときに、相手に返す言葉を持ちません。
怒りをぶつけても、きっと何も通じないで、反感が残るでしょう。
丁寧に説明しても、誤解や思い込みを解せるとは思いません。
結局は、何もいわずに、黙々と食べて店を出たのでした。

僕が思うに、このおばちゃんは、きっと親切な人なんでしょう。
でも、僕に対しては、幾分努力して、
その親切心を見せてくれたのかもしれません。
僕がお互いの役割として、無理が無いと思っていた券売機の操作について、
おばちゃんは、挨拶としての謝礼を求めていたのですから。
きっと、善意の心をいっぱいにして、盲人の僕に接してくれたんですね。
単純に、お客さんの一人として対応してもらえれば、僕は十分なんです。
そう伝えたいのだけど、ちょっとの行き違いで、その善意を踏みにじるかも知れません。
さらにいうと、例えば僕が、いつでも何に対しても感謝の気持ちで、
素直に「ありがとうございます」と口にできたら、
もっと違う関係ができたかもしれません。

お互いの気持ちの行き違いが、思ったより大きすぎたということです。
ですから、どこにでもありそうなことだともいえます。
とにかく、僕がそんなときに、
どのような態度でいられるかが、肝心要だと思っています。

10年前のときは、あまり良い態度がとれたとは思わないけど…。
どうだろう?
今だったら、少しは気のきいたことがいえるかな?

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2011年12月25日 (日曜日)

盲人解体新書~「バスの利用」(その2)

さて、続きです。

乗るバスがはっきりしたら、入り口を探すためバスにくっつきます。
扉の開く音が頼りなんですが、それより何より、
バスに逃げられないようにするのが先決というわけです。(笑い)

次に、ステップを上がりながら整理券を取る必要があります。
その発券機が、左右どちらにあるのか、バスによって違いますので、
一発で整理券を取れたときは、ちょっと嬉しいです。
迷ったとしても、ほんの1秒か2秒のことなんですけどね。

そして、問題の空席探しです。
座席の横を杖で確かめながら、進行方向右を前に進むのです。
人が座っていれば、腕とか足に杖が軽く触れることになります。
「すいません」とか、ぼそぼそ言いながら、僕は空いてる席にたどり着きます。
座席の間隔が狭いと、見逃すこともありますし、
二人がけの席に誰もいないと思って腰かけたら、奥に座っていて「ごめんなさい」とか。
空席捜しがすんなり行くと、本当ほっとします。

何人か立っている人がいれば、「俺も吊革」ということで簡単なんですけど、
今利用している路線は、やはり座ったほうが良いようです。
そう、吊革は僕の頭に当たってくれるので、捕まる気になれば問題無しなんですね。

そして、お次は降車ボタンです。
気持ちとしては、座ってすぐに探索したいんですが、それはいけませんです。
誰かが気を使ってくれて、降車ボタンを押されることがあるからです。
ですので、正しいタイミングで正しく探します。
窓枠に手を沿わせて、柱を探します。
上に手を上げて、ボタンをプッシュ。
で、そのボタンが無いことがあります。
「あれっ!!?」
いつものところに無いと、僕としてはあせります。
バスによっていろいろでしょうが、まったく僕の都合であせります。
このタイミングでどなたかが押してくれれば、「ラッキー!」です。
誰も押さずボタンも見つからなければ、声を出すしかありません。
「すいませぇん!次ぎ降ります!!」

盲人一般的に、イレギュラーには弱いもんです。
そして、世の中イレギュラーが多いものです。

最後は、運賃箱へ料金を入れます。
これが、一発で成功ということがほとんどありません。
こちらも、整理券同様迷っている時間は短いですが、
できるのならホールインワンと行きたいものです。
両替するときは、「両替ぇ」とぼそーっと言いながら、
お札とかコインをぷらぷらさせていると、乗務員のサポートが受けられる仕組みです。
だんだん、かなり不届きな、盲人しらとりになってきたように思います。

ほとんどのバスの降車ステップは、全て並行になっていますが、
たまに最初だけ斜めになっているものがあります。
料金を払ったとたん、足は1段目を踏み外して、
ずっこけそうになったことが、この2年で何度かあります。
白杖をちゃんと使えば、そんなへまはしないはずなんです。
荷物が多いから杖を使うのが面倒とか、
斜めのステップはほとんどないとか思っているので、
もしこけたときは、思いっきり笑ってください。
「がっはっは」

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2011年12月24日 (土曜日)

盲人解体新書~「バスの利用」(その1)

バス通勤を始めてから、およそ2年になります。
僕は、電車に比べるとバスに乗るのが苦手で、
日常バスを使わないように、生活圏を設定してきました。
今回も、3キロメートルくらいなので、気持ちとしては徒歩通勤したかったのですが、
盲人の僕が歩くことを考えると、適当なルートがなさそうだったのでした。

フェイスブックで、日々のバスねたを書いていますので、ここでは、
盲人がどうやってバスに乗り降りしているのか、基本的な行動パターンを書いてみます。
もちろん、しらとり的なマニュアルみたいなものなので、
他の全盲の人と共通するものが、あったり無かったりです。

さて、水戸駅から続く国道には、とにかく沢山のバス路線が重なっています。
だから、バス停を見つけるのは結構楽チンです。
バス停に一人立っていさえすれば、どかどか来るバスは、
一応に止まって、行き先のアナウンスをしゃべります。
つまり、僕にとっては、音の情報がたっぷりなんです。
あとは、点字ブロックを捜して、時刻表の看板を確認すれば完璧です。

でも、その後がいけません。
自分の乗るべきバスのアナウンスを、聞き逃さないようにしなければいけないのです。
目の前に来るバス全てについて、「乗るぞぉ」という態度で近づいて、
納得するまでアナウンスを確認します。
目の前を行過ぎて止まったバスを追いかけ、手前で止まっていたはずのバスには、
もう一度止まってくれるように、白杖を振りかざします
最初の数ヶ月は、かなり面倒なことでしたが、周囲の方には迷惑なことだったでしょう。
そのうちに、僕もアナウンスのパターンに慣れ、バスの乗務員も、
しらとりという盲人に慣れてきます。
今では、僕の乗車するバスが、
目の前を通り過ぎることは無いと、ほぼ信じ切っています。
複数路線を運行するバス会社ですが、
僕の利用する路線の乗務員は、ある程度限られているような気がしています。
それだけ、僕と複数の乗務員との関係性が、良い感じで作られてきたということです。
最近では、バス停にいる乗客との関わりも増えてきて、さらに快適になる予想です。
僕の思い過ごしのところもあるでしょうが、
バス通勤が徐々に気軽になってきたことは確かです。
それでも、歩道の際に立って、バスを逃さないように杖を構えていたり、
乗らないバスには、そのことが伝わるように心がけています。
1歩下がってみたり、体を横向きにしたりしてますけど、
どうなんでしょう、伝わってもらえているでしょうか?

最近になって、一つはっきりしたことがありました。
乗車口(後ろの扉)のところに、乗務員と話せるようにマイクがあるようですね。
だから、大きな声で「これは表町方面ですか?」と聞けば、
最初から一発解決してたんですよね。
まあ、僕自身も、「口があるんだから聞けば良いのに…」と思ったことはありました。
もしかすると、そうした方がよっぽど良かったかもしれません。
盲人の中で、どちらのタイプが多いのかはわかりません。
僕の印象でいうと、自分から声を出して聞けない人や、
意識的に聞かない人の方が多いように感じます。
僕は、もちろん気が弱いので、なかなかちゃんと聞けない派です。
面白いことに、知らないところに出かけるときなんかは、
誰それかまわず、ばしばし聞くことが出来たりします。


その2へ続く

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復活!!

いやー!
ほぼ2年ぶりの投稿です。
2年間、自分の中に篭っていました。
とりあえず、社会生活はおくっていましたけどね。
外向きの窓をほとんど閉じて、むくむくと自分の内にじっとしていたというわけ
です。
やっと、頭と心と体が、みんな一緒になって活動してくれることになりました。

学生のとき、1週間くらい、
誰とも話さず外に出かけることも無く、アパートでだらだらしていたことがあり
ました。
あの時は、「そろそろ誰かと会わないといけないだろうなぁ」と思って、
大学に行ったのだけど、思ったより身軽に動けたから、少し以外でしたね。
今回も、「やっとここまで来たかぁ」という感じ。
反省とか後悔みたいな気持ちが少しあったとしても、なかなか心地良い感じでい
ます。
久しぶりに外の新鮮な空気を吸い込んで、
「やっぱり、こういうのを望んでいたんだよねぇ」という感じ。

でも、2年前に書いた文章を読むのは、何だか恥ずかしいなぁ。
って、まだ読み直していないけど…。(笑)

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2009年11月10日 (火曜日)

しらとりけんじの写真(何故撮り始めたか)

僕が「デジカメで写真を撮っているんです」というと、
ほとんどの人は、「何それ!どうしてるの?」と思うでしょう。
それはそうです。
そもそも写真は、見た物を映像としてとどめておいたりするものです。
だから、全盲の人が自分で見ていないのに、
いったいどうしているのかと疑問になりますよね。
でも、実は全くなんということはありません。
僕は、ただ音のする方向に向かってデジカメのボタンを押しているだけなんです。
つまり、誰にでもできそうなことです。
「大したことは無い、ただ適当に撮っているだけだよ」と、
簡単に切り捨てることさえできるでしょう。
それでも、僕はほとんど毎日のように撮り続けているわけです。
何故か!?
………
きっかけは、約5年くらい前のことです。
鑑賞ワークショップをするために、いっしょに活動していたほしのさんという、
ドレッドヘアーのあやしい、いやユニークな人がいました。
僕は、基本的にほしのさんのことは好きで、
なんとなく信頼関係があるような感じだったのです。
ある日のこと、ほしのさんが僕に言いました。
「しらとり君、写真撮ってみなよ!絶対良いと思うんだよなぁ!」
ほしのさんはアーティストと呼ばれる人で、
暫く前は「コミュニティーアーティスト」と名乗っていたかな?
その前は、版画などの「刷り師」といってましたね。
何しろあやしい人だから、現在は書店経営してますけど。
で、僕はというと、何か作品を作るとかという、
いわゆる表現活動はしたこともないしさほどしたいと思ったこともありません。
でも、ほしのさんが言うなら、興味本意でやってみるかと、
デジカメを借りて適当にミーティングをしながら撮ってみたんです。
すると、写真を見たほしのさんが大喜び!
「良いねぇ!!こういうの面白いよなぁ!!」と連発。
僕も良い気分になり、調子に乗って、速攻デジカメを購入。
予備のバッテリーやメモリーもしっかり買い込み、
いざ撮影スタートです。
でも、ちょっと待てよ?
いったい俺、何を撮るんだろう??
ほしのさんが考えることだから、
例えば見える人と同じように、風景や人物を撮ることは面白くないはず。
そう、僕は何が面白くて何が良いのか分からずに、
お金をかけてデジカメを買っていたわけです。
こういう流れができてしまうというのが、ほしのさんとの間柄そのものなんです。
とりあえず、僕が見えていたら視線が行くだろうと思う方向に向けてシャッターを切る。
なんとなく気分的に、ひどく居心地が悪い。
撮影する時の「かしゃっ」が気になって不快なのです。
いかにも「写真撮ってますよー」という感じになってしまう。
どういう被写体があってどんな感じで写っているのか、
気になってしまって、僕にとってはうっとうしい感じがしました。
でも、一つ面白いことにも気付きました。
「見えていたとしたら視線の向く…」と思っていたのは、
僕が日常的に気にして注目している「音」だったのです。
例えば、数人規模でミーティングする時、
誰かが発言すれば、その人の方に顔を向けてちゃんと聴くためにチューニングします。
これが、大きな会場などでの講演会などですと、マイクを使っての状況になります。
すると、思わずスピーカーの方角に顔を向けてしまうということがたまにあるのです。
まあ、小さい頃から盲人である人の特徴でもありますね。
盲人の中には、全くそっぽを向きながら会話をする人がいます。
相手の顔を見ながら話をする必然が無いからです。
僕も、意識的に相手の方を見るようにしてますが、
社会的な常識としてしているに過ぎません。
さて、盲人の特徴はとりあえずおいといて、
写真を撮り続けるために、何かしら基準が必要だと思いました。
まず、シャッターの音は消すことにします。
写る瞬間のことを気にしたくないし、周囲から指摘されたくも無いからですね。
どうせなら僕が日常的にチェックしている音に向かってカメラを向けるようにする。
音環境を一番収集しているのは、一人で歩いているときなので、
歩きながら撮影する。
社会通念として、盗撮などに間違われないように、
階段やエスカレーター・列車の社内などでは撮影しない。
こんな感じで、すぐに今のようなスタイルが出来上がります。
撮影するのは、主に単独歩行の時。
右手に白杖、左手にデジカメ。
首からストラップでぶら下げて、いざという時左手が使えるようにする。
デジカメの音は、動作確認できる音だけ聞こえるようにする。
フラッシュはオフ。
画素数は普通に見るのに問題無い程度にする。
写真を大きくプリントすることは考えていないし、画質にこだわっていないから。
要するに、何が写るのか全く気にしないというのは嘘だけど、
写されるものに対して、完全に無責任なのです。
音を映したいと思うわけではないけれど、何しろ歩くために収集する音が多い。
気の向くままに、撮れていてもいなくても、どんどんボタンを押し続けます。
SDカードがいっぱいになったら、パソコンのハードディスクへ溜め込みます。
僕は、パソコンでその総量を確認します。
でも、映像を確認したいとはあまり思いません。
盲人がデジカメを使っているということだけで、僕自身もおかしくて満足でしたし、
撮影したものを、親しい友人に見せるのが楽しみだったのです。
こうして、データが消えてしまったり、単独歩行が少なくて中断した時期も含めて、
数年間デジカメを使っているのです。
現在2代目。
当然予備のバッテリーも買ってあります。
(次回へ続く)


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2009年10月29日 (木曜日)

おかしな盲人と呼ばれたい

すでに、「不良のしらとり」などといわれたりしています。
全く持って光栄です。

もう、あの日から十日たちます。
「第2回、しらとりマラソン」
ブラックバードで、オープンの朝8時からかんばんまで、
16時間飲んで食べて満喫するという、ほとほとあきれる企画。
「えぇ!?やってみたぁい!」
という人は何人かいましたけど、本気でやる人は……、
やっぱり俺だけ。
「やったぁ!」
これで俺のあほ度合いにも箔が付くってもんです。
ということで、しらとりマッサージ1周年と合わせた企画の今回。
気合が入り過ぎ飛ばしすぎで、15時より後の記憶は99パーセント無し!
「記憶喪失ってこういうことかも」と、俺は本気で思いました。
その後、何人もの人に当日の様子を聞いて、僕の想い出は作られるのでした。
それにしても、なんとも大変な1日だったようです。
「ピッチが速いですよ!」という、フジオくんたちの声を聞き入れず飲み続けの俺。
ランチタイム、マラソンと関係なく満席の店内。
お昼過ぎ、「俺まだそんなに酔っ払ってないですから」といいつつ、
あちこちぶつかりながらトイレに行く、盲人しらとり。
(ただの酔っ払いの徴候が明らか)
さらに、飲みは進み話したり笑ったり、
つまりエンジン全開!
しかし、さすがに19時頃、
ワインを3本以上空け、立ち続けることに疲れたか、
テラスでい眠る俺。
リッチャンに何度も起こされ、
「うん、だいじょぶ!眠くないから!」と、またもや酔っ払い特有のでまかせをいう俺。
「しらとりマッサージ1周年パーティー」に続続と人が集まる。
パーティー好き飲み好きで来てくれた人、
「マラソン」を面白がって来てくれた人、
そして、白鳥建二を応援してくれてる人など…。
こう書いていると、本当涙が出てきます。
俺ってなんて幸せなんだろう!
来てくれた皆さんに対して、たぶんその感謝の気持ちは表現していたと思うけど、
改めて
「本当にありがとう、おかげさまで最高に生きてる実感がありますよ」
そう、実のところ今回本当にマラソンしていたのは、
シェフのヌマタさんとフジオくん・タグチくん・アキさんという、
ブラックバードの素晴らしき面々だったよね。
(あっ、ヨッチャンも牡蛎をむいてたりしたそうですが)
だって、ディナータイム40名って、完全にキャパ超えてるじゃないですかぁ!?
いやはや、えらいお疲れ様でした。
俺はというと、あれほど酔っ払っていても自分の限界に気付いたらしく、
21時頃来てくれたサオリちゃんに、「もう帰りたい」とか弱音も言っていたようだし、
タグチくんによると、最後の方は、「俺死にそう!」とも言っていたらしい。
とりあえず、死なずにすんでよかったぁ!
まあ、最後の最後で迷子になりかけるという落ちがちゃんとあるのだけどね。(笑い)

何でこんなあほなことに体を張るのか?
そんなの愉しいからに決まってる!
皆とプラスの気持ちを分かち合いたいからだよ。
(今回は境界線ぎりぎりという感じだったかな?)
それでも改めて自覚したことが一つ、
俺って「あほなやつ」とか「変わった人」といわれたいのだ。
盲人ということで、思いっきり少数派路線だから、
ある意味変わった人なんだけど、これは俺的にはだめなのです。
だって、重度の障害者に対する一般的なイメージって、
「不自由で可哀想」・「助けてあげなきゃ」・「努力して元気に生きる人」・
「障害を乗り越えて、社会の中でりっぱに活躍する」・
「めげることなくまじめにこつこつ頑張る…」
特に、僕が子どもだった80年代前後、障害者の社会参加が進んできて、
優秀な盲人のことが話題になったり、
絵に描いたような努力の人たちがマスコミで取り上げられたりしていました。
そりゃぁ、りっぱに努力してその結果が出たような人たちです。
頑張っている姿に思わず涙してしまうような、感動のストーリーのある人たちです。
そして、子どもの僕は、一つ疑問に思いました。
「何で障害者はそんなに頑張らないといけないのだろう?」
「頑張らないいい加減な障害者がいてもいいじゃないか?」
そのころの僕は、「誰でも一途に努力する姿は美しく感動する」というような、
一般的な常識なんて持ち合わせてはいなくて、狭い世界での短絡的な結論を考えます。
「じゃあ、俺は頑張らなくても適当に過ごせる大人になろう!」
この勘違いは、大人になってからもかなり引きずり、
修正できたのがここ最近というような状態です。
努力とか頑張るという言葉が、障害者は可哀想という画一的な見方と合わさって、
どうしてもプラスのイメージで捉えることができなかったんだね。
だから、「頑張ってるね」といわれるとものすごく反発したくなるし、
「努力の結果だよ」などといわれれば即座に否定したくなっていたのです。
近頃は、自分を認める力が付いてきたおかげで、
まじめ路線も少しは形になってきてます。
それでもやっぱり、俺が目指しているのは「あほな盲人」なのです。
「盲人らしくない盲人「」
これは見える人と同じになりたいというようなニュアンスともちょっと違う。
盲人の中でも変わってる!
盲人じゃないとしても変わってる!
注目されたいというくらいの話かもしれないけど、もう少し切り込みたいこともある。
障害者に対して多くの人が持つ、頑なに信じきっている幾つかの先入観を壊したい!
だから、俺はあほな盲人として、あほな人間として、
まだしばらく生きてゆくでしょう。

体力の限界も感じたので、3回目のマラソンは絶対無し。
これだけは、今のところ決めているけどね。

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2009年9月14日 (月曜日)

過保護恐怖症

お久しぶりの登場です。
少々パワー不足で、思考力と行動力が低下してました。
「過保護恐怖症」というのは、僕自身のことを考えるために、
自分で名づけた言い回しです。
だから、こういう病名とか症状は無いと思います。
で、ここ最近、僕のエネルギーを消耗させていたのが、
過保護恐怖症の「待ちの姿勢」というやつです。
どういうことかというとね、
僕の子どものころの話です。
例えば、朝起きて着替えをするときに、
それを母親が準備してくれる。
食事になると、
あれも食べろこれも食べろと、食べてる先からご飯の上におかずを載せてくれる。
父親などは、たぶん彼自身がめんどくさくなってきて、
直接食べさせてくれたりする。
子どもが幼児のときならば、多くの家庭であるかもしれない。
これが、我が家の場合だと、
僕が小学生になってもほぼ変わらず手厚いままでした。
小学高学年になってもこの状況は続き、
中学生のときでさえ、
ご飯の上に次々おかずが乗っかってきたような記憶があるくらいです。
僕の両親は、僕を厳しくしつける事よりも、
やさしく守るという方向に、よりエネルギーを費やしたのかもしれません。
その表現が、過剰な保護とあまやかすということになっていたのでしょう。
僕には五つ上の兄がいて、兄に対してはこのようなことは無かったので、
両親が、非常に視力の弱かった僕のことを思っていたからだということは想像できます。
だから、過保護過ぎた我が家の環境とか、
両親をはじめとする大人たちに対して、もんくがいいたいのではないのです。
重要なことは、積極的に・消極的に、
僕自身が選んできたことなんです。
そして、結局何を選択してきたかといえば、
やってくれることを受け入れて、何でもかんでも頼り切るということでした。
黙っていても両親が準備してくれて、手伝ってくれて最後まで面倒を見てくれるのです。
幼少のころから、このような気持ちを浴び続けた僕は、
自分の気持ちが言いたくなっても、
そのタイミングと表現方法が良く分からないという子どもになっていました。
つまり、両親の気持ちに対して反撃するより、
なんでもしてもらっていた法が楽ということを選んだのです。
両親に話してもなかなか気持ちが伝わらないとか、僕の思いを否定されたりとか、
そういう経験に僕自身がとらわれていたのかも知れません。
過剰なやさしさを拒否する力が無かったということです。
少なくても、小学3年のころには、過保護だと気付いていたのにです。
自我が育ってきて自分というものを表したくなると、
両親の行為に頼りきるということの間に軋轢が生じます。
両親の存在が大きすぎるほどに感じて、自分というものを確立できないのです。
一般的には、反抗期という時期が過ぎれば、
精神的にも両親から離れて、一人の自立した人間へと向かいます。
僕はどうしていたかというと、両親に対して考えることをやめて、
してもらうがままに、流されるままにしていたのです。
これが「待ちの姿勢」です。
こういう状態になると、何事についても考える力と、
体を動かすという能力が極端に落ちてきます。
その当時の僕でいえば、自分の殻に閉じこもることで自我を守っていたのです。
ここまで来てしまうと、もういけません。
何かを期待して流されてるわけでもなく、
望みがあって待っているのでもないのです。
ただただ、過ぎるに任せているだけです。
傍から見れば、主体性も無く甘えてるだけということになるでしょう。
そして、僕に対して両親は、まず間違いなくめんどうを見に来るのです。
この時のやさしさというのは、僕にとって苦痛や怒りという感情の方が強く、
安心や安定・嬉しい楽しいというものとは違うものでした。
それでいて流されるままの自分を自覚しているので、
この感情はその後、自己否定へと繋がって行きました。
さて、大人になってからも「待ちの姿勢」は、時々僕を支配します。
しかも、決断したり行動を起こしたい時に、
この症状が現れてくれるのです。
自分自身に立ち向かったり問題を解決したいときに、
「過保護恐怖症」の波に飲まれやすいのです。
心のどこかで、最後に助けてくれてめんどうを見て欲しいと望んでしまっているのです。
一つやっかいなことは、ほとんど反射的に「待ちの姿勢」に入っているので、
気付いたときには、自ら動かず考えもしない時間をかなり満喫しているのです。
いやいや、そんなわけで、ここ最近はしっかりと「待ちの姿勢」に漬かっていました。
そして、やっとこさエンジンがかかりました。
次の自分へ進むために、元気が沸いてきたのです。
そのうちスタートするぞと決めてはいましたが、
我ながら、もどかしいようないらいら感がありました。
でも、だいじょぶ。
エンジンは確実に温まってきてます。
そう、これからの僕は、
過保護恐怖症にとらわれても、熱の冷めないうちに復活するのです。
そのうちに、復活できるスピードも速くなるでしょう。
これもいってみれば反射的にすることですから。

(しらとりけんじの「盲人解体新書」)


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2009年8月 4日 (火曜日)

本日のセッション

7月30日
学芸員資格取得のための博物館実習(なのかな?)
の一こまを担当させていただきました。
芸術館で行われている実習プログラムなんですね。(きっと)
詳しい事情が分かっていなくても、全く心配はしていませんでした。
というより、m○やまさんからこのお話をいただいたときに、
「僕のことを良く知ってくれてるm○やまさんのオーダーなら、
たぶんご希望に副えるはず」と信じきっていたわけです。
だから、何人の方をお相手にして、
どういう時間配分にするのか決めたのは数日前のこと。
(アバウト)
そして、わくわくしながら迎えた当日。
結構気合は入りましたね。
いつもより早起きして、久しぶりにコンビニでサンドウィッチを買い、
一先ずブラックバードへ。
アールグレーを注文して、体を起こすために朝食。
カフェコンパンナで脳みその回転数を上げて準備万端。
時刻も予定通り、芸術館へ向かう。
作品鑑賞が最初なので、頭はクリアでテンションも高くかなり良い感じ。
ブラックバードを出るときに、「しらとりさん緊張してますか?」、
ぬまたさんが聞いてくれる。
「いや、ぜんぜんだいじょぶ!」
少し興奮気味で、どんな出会いになるのか楽しみでしょうがない。
そして、最初の挨拶もそこそこに、いざ鑑賞。
感想から言ってしまうと、かなり良い鑑賞(ワークショップ)になりました。
一緒に鑑賞したメンバーや作品自体の力など、
いろんな要素が相俟って満足の行く鑑賞体験になると思うけど、
今回のセッションは、かなり良い線行っていましたよ。
正直なところ、持ち時間の2時間全て作品鑑賞にしたかったくらいです。
まあ、それをしたら今回の僕の役割は果たせませんでしたけどね。(笑い)
さて、実際の鑑賞会、こんな感じでした。
実習生の方が7名なので、まず最初の3名が僕と作品鑑賞をする。
場所はギャラリー第3室。
天井が一番高くて、自然光が入る明るい部屋。
とりあえず、壁にかかった作品の前にいるので、そこからスタート。
「何があるんでしょう?」
僕の最初のせりふは、だいたいこんな感じ。
返してくれる言葉で、どんな作品があるのか、大まかにでもきっかけは掴める。
「写真で、女の人が…」
「絵で、女の人が…」
次々言葉にしてくれる。
(絵みたいな写真なのか、写真に見える絵なのかは後でチェック)
さすが積極的。
嬉しい!
僕の今日の気持ちとしても、比較的リズムがつかみやすい。
そう、コミュニケーションはリズムがポイント。
僕は、「色は?」とか「表情は?」など、
時々合いの手を入れて、知りたい情報を集めたりする。
最初は奇麗なものかと思っていたけど、
「白い刺繍が繭みたい」
と言われて、気持ち悪さというか怖さが増してくる。
同じ作品を見ているのに、人それぞれ、
趣味や性格価値観など、沢山のかかわりを経て言葉になる。
全員が同じ感想だったら、もしかしたらつまらないと思うかもしれない。
僕らの後ろ、部屋の中央にある大きい作品に話が移る。
「何なんだこれは!」
と、思わず言いたくなるほど、現代美術っぽい作品。
それにしても、沢山くっついている骸骨の手は何なんだろう?
何故か気になる。
全部方向が同じらしいし。
一グループ15分と決めていたので、強制終了。
「それは何?」
と、突っ込みどころの多い部屋でした。
作家さんや作品について、かってに読み解くのも面白そう。
後半、4名の方と見たのは、第9室。
一番最後の、小さくて暗めの部屋。
最初は、
「おわんのような」
「山のような」
というところから話が始まる。
作品の後ろにある電球が明るくなって、
「女の子が逆立ちしていて、そのスカートが山みたいに見えました」
という、種明かし的な話へと進む。
影絵の仕組みで見せてくれる、楽しい作品。
動きのある作品は、僕の頭も皆の会話も、
その動きについて行けるかがポイント。
この部屋は、ストレートに楽しそう。
実習生の方も前半見学していたので、
作品の楽しさと遭わせて話もしやすそう。
僕的にもかなり興奮状態で、役割そっちのけで楽しい。
抽象的な作品へと話が移り、
「落書きみたい」
と言っていたのが、だんだん何かの形になってくる。
「クジラ」
「ヘビ」
何が見えるかから何に見えるかへ、話の内容がシフトする。
こういうのが、複数の人と作品鑑賞していて良いところ。
一人で見ていたら、考えもしなかったことに気付き、
思わぬ場面で良い鑑賞になることもある。
この部屋の作品を全部見ても飽きないと思ったけど、
またまた予定時間となり強制終了。
やー、本当久しぶりにかなりエキサイティングな鑑賞でした。
m○やまさんと実習生の皆さんありがとうございます。
と、完全に満喫してしまった僕は、気持ちを整えるのに暫くかかる。
自分の経験や沢山の方に教えてもらったことを話するのに、
この後必至で脳みそを搾ることになりましたとさ。
17時15分今回鑑賞した展覧会 「手で創る 森英恵と若いアーティストたち 」

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2009年7月27日 (月曜日)

講師役

最近、人前で話すことが少し楽しくなってきた。
なぜかというと、自分の見方や価値観に自信がついてきたことと、
求められている役割が分かってきたことが大きい。
そして、そんな自分が好きになってきたのだ。
今回は、「学芸員実習」をされている方々にお話しすることになるようだ。
内容はというと、僕が今まで行ってきた、
「美術館での言葉を中心にした鑑賞」となる。
担当させていただく時間は2時間。
最初の40分で、前置きの挨拶と鑑賞会。
後は、時間が許す限り、参加されてる方とのクロストーク。
やっ、すごく大雑把だね。
まあ、僕を含めて8名なので、今からかなりわくわくしてますよ。
どんな話になるでしょうか?
ほとんどの人は、全盲の人が絵画鑑賞すると聞いたら、きっと不思議に思うでしょう。
「見えないのにどうするの?」
ですよね。
僕は独りで美術館へ行くとき、数日前に予告の電話をします。
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もしもし、しらとりと申します。
僕は全盲なんですが、そちらで行われてる展覧会を鑑賞したいので、
どなたかいっしょに会場を歩いて欲しいのです。
そういうことはお願いできますでしょうか?
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僕の経験だけの話ですけど、半数くらいの美術館の方は、
この時点でかなり戸惑っていることが伝わってきます。
盲人の美術鑑賞について、美術館といえども取り組んでいるところは少ないです。
それに、見えない人は触らなければ意味が無いとか、
見えてる人といっしょに来るというようなイメージがあるのでしょう。
だから、盲人が一人で作品に触らずに鑑賞するということについては、
「そういうサービスはしていません」という答えが来ても当然だと思っています。
事務方の困っている状況を創造しつつ、僕は言葉を継ぎます。
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作品に触りたいわけでもなく、専門的な説明が聞きたいのでもありません。
いっしょに作品の前を歩いてもらって、作品の印象とかどんなことが書かれているとか、
いろいろ会話しているうちに鑑賞になってきますので、
どなたか御都合のつく方に予定は合わせます。
もちろん、担当されてる学芸員の方でなくてもけっこうです。
時間も、1時間が難しければ30分でも十分ですので、よろしくお願いします。
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まあ、だいたいこんな感じでしょうかね。
とにかく、誰でもいいので一人僕のために時間を空けていただきたいということと、
その人に求めていることは、誰でもできる簡単なことなんだという、2点は強調します。
詳しく話すと、本当は誰でもいいわけではないですし、
人によっては簡単じゃないことをお願いすることになります。
でも、この場合は勢いが大事なので、とにかくおしまくって後は当日しだいです。
ということで、今までいくつかの美術館へゲリラ的に押しかけているのです。
ちなみに、断られたことはほとんどありません。
でも、ご迷惑をおかけしてしまったことはあります。
今回講師役としてお話しする内容としては、
自分の鑑賞スタイルができるまでにどんな出会いがあったかを伝えようと思ってます。
いろいろ話したいことがあって、質問されると止まらなくなりそうだけどね。
当日までにもう少しあるので、今までの出会いの数々を思い出しておきます。
16時15分

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2009年7月21日 (火曜日)

盲人のための静かな車体験会

明日の夜作戦会議をするので、少し整理してみよう。

  ~今までの流れ~
きっかけは、「ハイブリッと車が普及した意外な一面」というニュースの話題。
-------- 主な内容 --------
ハイブリッと車が低速走行になると、電気モーターで走ることになり、
静か過ぎて歩行者の危険が増える。
特に盲人にとっては、音を頼りに歩くので問題が大きい。
国土交通相も対策会議を始めた。
検討されているのは、車が常時音を出すことなど。
(2週間ほど前のNHKジャーナル)
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僕も気になっていたことなので、「やっと動き始めたか」というのが最初の感想。
しかし、分からないことがいくつかあった。
まず、どれくらい静かな車なのか知らないし、
それによって単独歩行の危険が増えるのかどうか創造できない。
これは自分たちが主体となって確かめなければいけない。
音の静かな車が盲人にとって(歩行者にとって)危険だというイメージ、
つまり、感情論が先走っているような気もする。
だけど、ハイブリッと車と盲人という組み合わせは、ある意味象徴的だ。
僕も盲人スペシャリストとして活動を始めるには良いチャンス。
そして、プリウスの音は聞かせてもらえた。
それなのに、実際どの場面でどれほど危険が増すのかの実感が無い。
ハイブリッと車に新たな音をプラスするということが、ものすごく安直な気がする。
そもそも、話題にしている危険というのは、以前からずうっとあるものではないのか?
それでも、新しい車について、盲人が学習することは重要だと思う。

  ~実行したい取り組み~
 盲人が電気モーターで動く車を知るための実践的な体験会
内容~
車やドライバーを知るための、簡単なレクチャー。
(相手のことを知らずに身を守ることはできない)
実践的な練習。
(道路横断する訓練が最適)
電気モーターで走るプリウスなど数代と、今までのエンジン車に協力してもらい、
危険な場面を想定して走ってもらう。
交差点で、実際に横断する体験をするのが望み。
参加して欲しい盲人は、全盲かそれに近い視力の人。
そして、日常的に単独歩行している人。
できれば、初めての場所に行くときなど、ガイドヘルパーを利用せず、
単独で行く習慣のある人。

~会議参加者にお願いしたいこと~
行おうとしている活動についての率直な意見アドバイスなど。
そして、関心があればご協力お願いします。
これからいっしょに活動してもらえるとありがたいです。

  ~決めること~
 ①、これからの手順。
 ②、出席者の活動参加の有無。メンバー募集について。
 ③、次回ミーティングの日時と場所。

皆さんよろしくお願いします。
20時45分

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